札幌本部 2026.08.12 150 年目の 1 年目 ~「穂ばらみ」の話 2026 年 8 月 9 日(日)、日本初のビール用大麦品種である「北大 1 号」を育種し、のちに北海道大学 2 代目総長も務めた南鷹次郎先生の命日にあたるこの日、北海道大学百年記念館 1 階にある北大マルシェ Café&Labo で、北海道大学農学部の研究者たちと北海道各地の有志農家が進める「ヘリテージシーズ(伝統作物種子)プロジェクト」によって栽培が復活した「北大 1 号」と、それを先祖に持つ現代北海道を代表する品種「りょうふう」を掛け合わせ、古くからビールの香り付けに使われ北海道に自生するヤチヤナギで仕上げたクラフトビール「穂ばらみ」を味わう会が開催された。 大麦「北大1号」×「りょうふう」を原料にクラフトビール 同プロジェクトは農学部の研究者と生産者らで組織する「リジェネラティブ農業情報交流ネットワーク」が 2023 年から進める古い遺伝資源を再発見する取り組みで、これからの農業の可能性を広げるのが目的。ビールの作り手は十勝・浦幌町にある RIKKA 合同会社。鈴木将之さんと菅野小織さんのお二人で農業・大麦生産から始まるビール造りを通じて環境改善を目指し立ち上げてから数年になる。不耕起栽培などによって土壌の健康を増進するという考え方にもとづいた「リジェネラティブ農業」(大地再生型農業)に二人が取り組むなかで出会った後述の仲間たちとのつながりが、今回のビールの誕生につながった。 イベント限定の樽ビールを手に軽食を楽しむ参加者たち リジェネ農業ネットの遺伝資源再発見の取り組みから誕生 「北大1号」を栽培してビールを作るという構想が生まれたのは、実はもう 4 年も前のこと。栽培の難しさや量の少なさに苦労しながら、ようやく今年、その思いがかたちになった。「原料が少ないぶん、製麦・醸造では失敗が許されない緊張感もあったが、味わったことのない、まだ見ぬビールの味を想像しながらレシピを考えるのもまた貴重な体験で、みんなでおいしく飲めたことにほっとした」と鈴木さんは言う。 栽培は国本農場(栗山)の国本秀樹さん(農学院修士修了) 原材料となる大麦を栽培したのは、ヘリテージシーズプロジェクトメンバーの一人であり、北海道大学院農学院修士課程を修了したのち栗山町で就農した國本農場の國本英樹さん。古い品種に魅力を感じ、現在 8 種類の麦などを栽培している。「種の数が少なく、ほとんど手作業でしかスタートできないなかでも、面白さと手ごたえを感じている」という。 イベント後に北大マルシェにて限定販売される穂ばらみの瓶ビール 命名者は育種者南先生の研究室継ぐ柏木先生(作物学) 「穂ばらみ」の命名者は南鷹次郎先生の研究室を受け継ぎ、プロジェクトメンバーの一人として北大構内で「北大 1 号」を栽培する農学研究院の柏木純一先生(作物学)。「穂ばらみ」は麦類の生育段階のひとつであり、穂を出す(出穂)直前、穂がふくらみはじめる大切な生育段階を指す言葉。それをビールの名前にと、「歴史が未来へ実を結ぶ」という想いと無限の希望が込められている。 気候変動や資材枯渇の時代に可能性持つ在来品種やリジェネ農業 柏木先生は「化学肥料などの栽培資源が今のように十分に手に入らなかった時代、各地域で作られていた在来品種や古い育成品種は、その土地の環境に合った性質を自然と身につけていた。気候変動や資材調達困難への対応がますます求められるこれからの時代に、『北大一号』のような古い遺伝資源や,それらのリジェネラティブ農業への利用には,大きな可能性がある」と語る. 「北大 1 号」と「穂ばらみ」について説明する小林先生(立っている4人の一番右)と柏木先生(右から2人目) 「おいしく楽しく笑顔の続く食卓と暮らしへの希望として」 ヘリテージシーズプロジェクトとリジェネラティブ農業情報ネットワークの発起人であり、今回のイベントの共催者でもあるのは、これからも長く続けられる北海道農業のことを農家さんや研究者とともに考えるべく、リジェネラティブ農業の実践と研究を推進する農学研究院の小林国之先生(地域連携経済学)。「さまざまな環境変化に直面し対応を迫られる農業の現場。それは重く暗い大変な話としてではなく、おいしく楽しく笑顔の続く食卓と暮らしへの希望として、もっとつなげていきたい。『穂ばらみ』はビールを媒体に、作り手から受け手へ、そして作り手と受け手でともに、肩肘張らず、ゆるやかに、それ で いてどこか真面目に、みんなでおいしく楽しく話しつながる場になれば」と話してくれた。それこそが今回のイベントに込められた思いであり、プロジェクトメンバー一同の願いだ。 当日提供された軽食も北海道を代表する農産物ばかり 樽ビールを手に歴史と自然、作り手の思いを味わう その想いは参加者にも通じた。日曜日の夕方からの会に様々な人が来てくれた。北大の現役生・卒業生、農業関係者、北大で働く人たちなど約50人。それぞれがイベント限定「穂ばらみ」の樽ビールを手に、作り手たちの話に耳を傾け、おいしく楽しく、その奥にある北海道の歴史と自然、それらを紡ぐ農家・ブルワー・研究者の思いを味わってくれていた。 乾杯の音頭を取るRIKKAの鈴木さん(中央) 瓶ビールのラベルデザインにも込められた「健康な土と農業」 「穂ばらみ」はイベントで終わらず、イベント後の 8 月 10 日から瓶ビールが 200 本限定でマルシェから発売される。そのラベルデザインにも、ちょっとした農学部つながりがある。中身は同じでラベルは 2 種類。担当したのは、農業経済学科出身で現在農学研究院研究員として働く李澍(りしゅ)と、国際食資源学院修士課程卒でこの春から広告会社で働く藤原菜々花の 2 名。テイストと表現はそれぞれ違うが、RIKKA さん、そしてプロジェクトに関わる皆さんが大事にする「これからも続く健康な土と農業生産」への期待を感じるデザインになっている。肝心の味について、作り手の鈴木さんは「森を思わせる爽やかな香りに、穀物のやさしい甘み、ドライで軽やかな飲み口が重なり、飲むほどに北海道の風景が広がるような余韻が感じられる味わいに仕上がっている」という。多くの人が「穂ばらみ」を手に取って、「北大 1 号」の栽培復活から始まる未来へ向けたチャレンジの第一歩をともにしてくれることを切に願う。 ラベルデザインを担当した藤原さん(右)と筆者 150 年の中で、多くのチャレンジが始まった「1年目」 今年、150 周年を迎える北大。その 150 年の歴史のなかには、先人たちによる数々のチャレンジの 1 年目があった。農業者とともに北海道農業においていろんなベンチマークを刻んできた農学部にも、日本で初めてホルスタインが導入された 1889 年、「北大 1 号」が生まれた 1917 年など、その 1 年目の勲章がいくつもある。150 年目に始まった、北海道農業のこれまでとこれからを大切にする、北大 1 号を使ったビール「穂ばらみ」の 1 年目もまた、そのひとつとして仲間入りができる日を楽しみにしたい。まだまだ、ビーアンビシャス! 「さっぽろ農学校」リポーター・李澍(農学研究院研究員)=写真も=