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札幌本部

2026.08.14

北大100年の日 「エルムの鐘」鳴り響く

札幌農学校開校の1876(明治9)年8月14日からちょうど150年の2026年8月14日、北海道大学は農学部中央棟時計塔鐘楼の「エルムの鐘」を鳴らし、キャンパスと札幌市内にその高らかな音を響かせました。鐘が鳴るのは、2024年2月の札幌農学同窓会による「エルムの鐘」修復工事と試し打ち以来約2年半ぶりです。

北大創基150周年記念事業の一つで、同事業に貢献する札幌農学同窓会の「エルムの鐘プロジェクト」の一環として行われました。大学により「開学記念日 復活『エルムの鐘』鳴鍾式」と名付けられ、本部からは宝金清博総長、横田篤副学長、野口伸理事・副学長が、農学研究院からは久保友彦院長、森春英副院長、小関成樹副院長、吉田年克事務長が、札幌農学同窓会からは松井博和理事長、久田徳二事務局長が参加しました。

主催者挨拶を行う宝金総長

農学部中央棟の中講堂(5階)で行われた式では最初に宝金総長が挨拶。「クラーク先生が従軍した米国南北戦争などの戦争では鐘は自由の象徴だった。また鐘の音が届く範囲が自律的コミュニティーだった。つまり、鐘は『自由のコミュニティー』を意味している。『エルムの鐘』の復活には、学問の自由と大学の自律を目指す重要な意義がある」と話しました。

久保院長は挨拶で「今日は、札幌農学校の『農』を受け継ぐ農学部の150周年でもあり、この150年を北大とともに歩んできたことを誇りに思う。鐘は総合大学として発展してきた歴史の証人であり象徴。この鐘に今後、どのような風景を見せることができるか、私たちにかかっている」と話しました。

挨拶を行う久保研究院長

横田副学長は「エルムの鐘」の概要報告を行い、その中で、「現在の農学部中央棟時計塔に鐘が設置されたのは、1935(昭和10)年3月30日。四方の市民に時を知らせる時報装置だった」とした上で、「戦時下に使われなくなり、打鐘装置のモーターが散逸するなど使えない状態にあったが、戦後の1950(昭和25)年7月5日に農学部前広場で復活祭が行われ、宮部金吾名誉教授によって8年ぶりに打鍾された。その後、しばらく使われなかったが、札幌農学同窓会が農学部と協力し、2024(令和6年)2月10日に復活整備を行い、電動打鐘装置を取り外して手動で打鍾できる今日の形にした」と詳しく報告しました。また、「本学の歴史の象徴として、今後の節目や祝賀の場で鳴らしていきたい」と話しました。

「エルムの鐘」概要報告を行う横田副学長

また横田副学長は札幌時計台(旧札幌農学校演武場)の鐘を「一代目エルムの鐘」、北8条キャンパスのエルムの樹枝につるされて、農場や教室に始業・終業などを知らせた鐘を「二代目エルムの鐘」と位置づけ、後者は現在、札幌農学校第二農場の牝牛舎に保管展示されていること、また「明治から戦前にかけて構内に5~7個の鐘が存在していた可能性がある」とも指摘しました。これらの概要報告は銘板に刻まれ、農学部5階の廊下にこの日、掲げられました。

農学部前庭で鐘の音を聴く(左から)松井理事長、宝金総長、横田副学長、野口理事・副学長、久保研究院長

一行は、この後、螺旋階段を上って中央棟8階に当たる時計塔鐘楼まで移動し、鐘を固定したままハンマーで打つ方式と、ホイールを使って鐘自体を揺らし鐘内部の舌(ぜつ)に当たらせて鳴らす二つの打鍾方式で、大きな音を二十回程度、周囲に響かせました。

農学部中央棟8階の鐘楼で、鐘につながるロープを引く宝金総長(左)と久保研究院長
記念写真に納まる北大、農学部、札幌農学同窓会の関係者たち

一連の鳴鐘式はマスメディア8社と学内メディア3者の計25人が取材し、鐘楼には、狭いため2班に分かれて入り、鳴鍾の一部始終の撮影などを行っていました。

横田副学長による「エルムの鐘」概要報告の内容が刻まれた銘板=農学部中央棟5階廊下
札幌農学同窓会による「エルムの鐘」復活プロジェクトについて伝える説明板=農学部中央棟5階廊下

(事務局)