ニュース

札幌本部

2024.04.11

自然と人々が支える地域と食 <上>

********** 道南への玄関3町リポート 黒松内・寿都・蘭越 **********

北海道のくびれの中心部に位置する黒松内町。札幌から函館に向かう人々が見過ごしてしまうくらいこの町はひっそりとしている。実はここ黒松内町は昨年11月、北海道大学大学院農学研究院・大学院農学院・農学部・大学院国際食資源学院と連携協定を締結し、研究開発・教育活動の場としての役割を持っているのだ。詳しくはプレスリリース

https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/231127_pr2.pdfを参照。

 道南への玄関口となるこの地域一帯には、黒松内町の他にも様々な魅力あふれる地域がたくさん。そこで今回は、未だ手つかずの自然が残る後志管内3つの町(黒松内町・寿都町・蘭越町)を訪れた筆者が、実際に農業に従事する方々、役場や町議会議員の方々などのお話、自身の体験をもとに、地域の食と自然のアーカイブを残そうと思う。

 =上中下の三回連載=

「さっぽろ農学校」リポーター・佐藤春佳=国際食資源学院修士1年、写真も


 はじめに訪れたのは、日頃の研究場所として我々の研究室でも大変お世話になっている黒松内町。この町はブナ北限のまちとして知られており、北限ブナ林を代表する森「歌才(うたさい)ブナ林」は国の天然記念物にも指定されている。「ブナは冷温帯に生育する樹木の代表格であり、黒松内町はちょうど、本州型と北海道型の森林生態系の境目にある」と環境政策を担当する町職員高橋興世さん(北大大学院理学研究科出身、理学博士)は言う。

 ブナ林が育む森の生態系に対し、川の生態系もこの町の自然を紹介するには必須だ。町を突っ切るように噴火湾側から日本海側へ流れる朱太川(しゅぶとがわ)は、多数の支流を持つ中規模河川(2級河川)でかつ本流にダムを持たないという点が生態系保全の上でこの上ない好環境となっている。川を遮る人工物がないことで、魚たちをはじめ多様な水生生物は行き来が自由になり、産卵がしやすいなど、野性生物の本来の生活史を維持しているのだ。この川が育む天然の鮎は、国内の鮎の食味を競う大会でもグランプリを獲得するほどの上物だ。

 昨年の夏、研究室のキャンプでこの鮎の塩焼きを頂いたことがあったのだが、背からかぶりつくと身はフカフカとしており、臭みも無く、鮎の概念が変わった。森に囲まれた澄んだ空気の下で自然の恵みを頂く、至上の喜びだ。

【夏のキャンプで頂いた天然鮎。体表はキラキラと光っている】

 今回の訪問、季節は冬。ブナの新緑を見るのが待ち遠しいが、今頃降り積もった雪が春になるとやがて溶け、ふもとを流れ、地下深く浸透した後にミネラル豊富な名水に生まれ変わる。国内では数少ない、化石由来のカルシウムに富む中硬水「水彩の森」(黒松内銘水株式会社)は道内外で販売されており、さらに工場敷地内には無料の水汲み場が設置され、多くの人がボトル片手に次々と水を汲みに訪れる。この町ならではの風景だ。

【水汲み場の蛇口からは常時おいしい水が流れている】

 続いて、農業について。地域の農業は酪農に端を発した。北海道の最も細くくびれた部分に位置する地理的条件のため、日本海・太平洋両方の海流の影響を受け、初夏には海霧により日照時間が非常に短く、水稲や果樹などの生育には厳しい気候であったためだ。しかし、現代では農場技術や品種の改良、先人の努力の甲斐があり、小麦や大豆、馬鈴薯、そば、サツマイモなど多くの作物を生産できるようになった。

 今回は現場の声を聞くべく、黒松内町や寿都町で広大な農地を管理し、小麦をはじめとする様々な畑作物を生産する農家の佐藤英幸さんにお話を伺った。佐藤さんの圃場では、小麦の「春よ恋」や「きたほなみ」、さらに最近では系統としては「春よ恋」の前の前、おじいちゃんにあたる「ハルヒカリ」を生産し、農協に出荷する他、少量ではあるが製粉会社への販売、個人や近隣のベーカリーに提供するなど、生産者と消費者とのつながりも大事にしている。

 これは後日談だが、実は佐藤さんから、自家製粉した小麦粉を頂くことができた。強力粉のタンパク質含有量は一般的に11.5から13.5%となっているが、今回頂いた「ハルヒカリ」のタンパク質含量はなんと14.4%。製パン性はタンパク質含量とグルテンの保水性などに左右されるということだが、高いタンパク量も優れたパンを作るために役立っていると考えられる。後日、この小麦粉でパンを焼いたのだが、もちもちとした食感と小麦の香りを感じるおいしいパンが焼けた。小麦粉の生産者のことを思い出しながらパンを食べるという初めての経験で、とても新鮮だった。

【黒松内町内の道の駅「トワ・ヴェールⅡ」では佐藤農場の小麦を使った地元のお菓子が販売されている】

 佐藤農場は貴重な種芋(種子馬鈴薯)の生産場所でもある。およそ70ヘクタールの農地で生産しているが、種芋は管理が非常に難しい作物として知られている。馬鈴薯を作る元となる種芋が病気になっていると、その後、圃場に病気が蔓延し、馬鈴薯の品質や収量を大きく損なう可能性がある。特に厄介なのが「シスト線虫」という寄生虫による被害だという。害虫が茎に入ってしまうと種芋は栄養を吸えなくなり、成長できない。さらに、この寄生虫は環境変化に強く、一度発生すると長年その場所に居座るため、もはやその土地では種芋生産が出来なくなってしまう。実際に、倶知安町など羊蹄山麓の地域ではだんだんと生産可能な土地が減ってきていると聞き、従来型品種の種芋生産の難しさを学んだ。

 シスト線虫はごく小さな卵で移動し、靴やタイヤに付着した卵が外部から持ち込まれてしまう危険性が常に付きまとう。そのため、佐藤さんは日頃から農家同士での行き来を規制するなどの対策を怠らないのだとか。

 黒松内の食を語るうえで、そばを外すことはできまい。かくいう筆者も、黒松内に頻繁に訪れるようになってからそばの虜になった一人だ。細めの麺に汁が絡み、すするごとに鼻を抜ける力強く豊かなそばの香り、程よいコシと噛むほどに感じるそば本来の甘味が「奈川(ながわ)在来種」の強みだ。元々信州からやってきた品種で、市場にほとんど出回らない幻のそばと言われている。ここまで読めば皆さんも、もう食べてみたいと思っているはず?ぜひ現地で味わってみて欲しい。

【町内の「そば屋 この花」さんで頂いたそば。たまらなくおいしい】

 しかし、地域を取り巻く現状は必ずしも明るいとは言えない。町の人口は減少の一途をたどっている。佐藤農場の経営規模拡大の背景には、小規模農家の離農がある。佐藤さんに、生産者目線で、この人口減に対抗するための考えを聞いたところ、「今は採算が合うか分からないが、ちっちゃい農家がいっぱいあった昔の形式が町としてはいいのではないか?」との答えが返ってきた。こぢんまりとした規模であれば今のままの自然を保っていける。そう思いながらも、「新規就農者は少なく、離農地の吸収合併による規模拡大も限界を迎えつつある」と語る佐藤さん。地域の魅力の発信や、人材育成への支援が目下、町の課題となっている。

 =続く=